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【商品名】
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【商品説明】
 

【サイズ】
 高さ : 4.00 cm
 横幅 : 10.40 cm
 奥行 : 19.80 cm
 重量 : 120.0 g
 ※梱包時のサイズとなります。商品自体のサイズではございませんのでご注意ください。





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梱包がすごく良くて、配送も思ってたより早いので、とてもいいと思います!
梱包も丁寧で発送の速さも問題なしです。
梱包綺麗で発送も、早かったです。また、利用します
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 マックス・アフォードの『闇と静謐』を読む。『魔法人形』『百年祭の殺人』に続き、我が国では三作目の紹介となる。まずはストーリーから。

 BBCのラジオでミステリドラマの特番が収録されることになり、その見学に招待されたスコットランドヤードのリード警部と、友人の数学者にして素人探偵のジェフリー・ブラックバーン。新施設のお披露目もあって大混雑の局内だったが、追い討ちをかけるように機材の不具合や俳優のいざこざも勃発。ようやくドラマがスタートしたものの、収録中のスタジオが闇に覆われ、そこで無名の女優が死亡するという事件が起こる。医師は心臓麻痺という診断を下したが、ジェフリーは殺人だと主張する……。

 

 マックス・アフォードの作風については、これまでオーストラリアのディクスン・カーだとか、むしろクイーンのテイストに近いんではないかとかいろいろ語られているが、本作を読んで、あまりそういうところに拘る必要はないのかなという気がしてきた。
 アフォードにはアフォードの作風があって、やはりカーやクイーンとは別物なのである。ちょっと意地悪な言い方をすると、彼らのような大物ほど作風が確立していない(苦笑)。まあ、それは言い過ぎにしても、いまひとつ著者のこだわっている部分、読者がちょっとイラッとするぐらいのアクが感じられないのである。

 ただ、内容自体は決して悪くない。ラジオドラマ放送中の密室事件という導入は魅力的だし、フーダニットに焦点を当て、多重解決的な展開で事件の可能性を見せてくれるところなど、なかなか凝った趣向で面白い。ミステリマニアならずとも惹かれるネタをいくつも仕込んでおり、どこまで風呂敷を広げてくれるのかというドキドキがある。
 それだけに殺人方法や密室、その他諸々のミステリ的ギミックを淡白に流してしまうのがもったいない。せめてどれか一点でも尖らせれてくれればよかったが、著者のウリにしたい部分、こだわっている部分が見えてこない。強いていえば多重解決になるのだろうが、ここまでネタを仕込んでいるからには、そこではないんだよなぁ。
 原書では『百年祭の殺人』、『魔法人形』、『闇と静謐』の順で書かれているのだが、そういう部分はむしろ段々と迷走している感じも受ける。

 ということで個人的にはもう一つ乗り切れなかったものの、アフォードの力量が高いことは実感できるし、まずまず面白くは読めた。確か今年はもう一作、論創海外ミステリからアフォードの邦訳が出るはずなので、そちらに期待したい。



 増本河南の『冒険怪話 空中旅行』を読む。まったく知らなかった作家だが、解説によると明治時代の作家であり、横田順彌が『日本SFこてん古典』で紹介したことから、その名が知られるようになったらしい。ううむ、それなら一度は名前を目にしているはずなのだが、ミステリ系ではないので全然覚えてなかったみたい。
 ただ、著者については、今でもその当時以上に詳しいことはわかっていないようだ。わずかに判明しているのは、新聞記者やアメリカ駐在の経験があること、帰国後は冒険小説やSF小説などを発表していること、押川春浪とも親交があって共著もあること、ぐらいらしい。

 

 まずはストーリー。今の静岡県静岡市にあたる興津に、夏休みで学生の朝日輝夫くんが帰省した。彼は海岸で謎の男と知り合いになるが、実は男は火星人で、電力空中船による火星旅行へ招待される。月へ寄り道した際には大変な冒険に巻き込まれたりするが、ようやく火星へ到着。熱烈な歓迎を受ける輝夫くんだったが、火星には恐ろしい危機が迫っていた……。

 明治時代のSF小説ということだが、それなりに面白く読めることに驚いた。歴史的な価値しかないと思っていたのだが、どうしてどうして。適当に面白おかしくするのでなく、科学的な資料を盛り込むことで、荒唐無稽なストーリーにできるだけ説得力を持たせようとしているのがいい。
 また、この手の小説であまり気にされない部分もちゃんとフォローしている。たとえば惑星間移動もチャチャっと瞬間移動で簡単に済ませるのではなく、1年という妙にリアルな時間に設定している。そのために家族への連絡をさせるとか、この期間で火星の言葉を学んだりとか、食糧の問題をどうするとか、読者のツッコミを先回りして解決していくようなところも上手いなぁと思わせる。

 その一方で、ベースとなる動力が電気というのはやはり時代を感じさせる。料理や機械までさまざまなものが電気で動いたり生み出されていたりする。それは別によいのだが、その電気をそもそもどうやって発生しているのか一切不明なのはご愛嬌だ(こちらが読み落とした可能性もあるけれど)。これが昭和も戦後のSF小説あたりになると専ら原子力が多くなるから、やはりSFであっても(SFだからこそ、か)ある程度は時代を反映するものなのだろう。

 ストーリーも健闘している。原住民に襲われたりするなんてのは想定範囲内だが、火星についてからの展開がなかなか予想外で、「妖怪星探検」の章などはあまりのテイストの急変に呆気に取られるしかない。まあ実はそこが一番面白かったりするのだが(笑)。
 とにかく明治時代のSF小説がこれだけやってくれれば十分だろう。と思っていたら、これには裏があって、横田氏の説では、当時の海外SFのいいとこ取りをしたのだろうというもの。まあ、その可能性は高いだろうが、そうであったとしてもこの作品の評価をそこまで落とすものではないだろう。とりあえずご馳走様でした。

テーマ:SF小説 - ジャンル:本・雑誌


 皆進社が立ち上げた《仮面・男爵・博士》叢書が近々、第二巻を刊行するというので、慌てて積んでおいた第一巻、水谷準の『薔薇仮面』を読む。
 タイトルもそうだが叢書名がこれまた強烈で、これは簡単にいうと《仮面・男爵・博士》といったギミックに代表されるような通俗探偵小説群のことを指す。
 ザクッとしたことは本書の序文に書かれている。探偵小説が探偵小説と呼ばれた時代、本格でもなく変格でもなく、あくまで大衆に探偵小説の面白さを広めようと乱歩が書いた『蜘蛛男』が通俗探偵小説ブームのきっかけだ。乱歩の目論見どおり『蜘蛛男』以降に探偵小説は広く読者を獲得していくのだが、その中心は乱歩の作品を模倣した通俗探偵小説であり、探偵小説のセンセーショナルな部分だけが強調された低俗な作品と見做された。やがて松本清張や仁木悦子らの登場で、「探偵小説」は「推理小説」へと移行していくが、「通俗探偵小説」はそんな探偵小説末期に咲いた徒花といってもよいのだろう。
 基本的には消費されるだけの読み物であり、今では忘れられた作品ばかりである。重要な作品が残っているとも思えないが、そこには「ミステリ」や「推理小説」からは感じられない妖しいロマンがあることも事実。そういった作品から特に注目すべきものをピックアップしたのが、この《仮面・男爵・博士》叢書なのである。
 素晴らしいではないですか。個人的にはその方向性は絶対的に支持するところなので、版元関係各位にはどうぞ無理をなさらず、長く続けてほしいものである。

 さて、前置きが長くなったが、水谷準の『薔薇仮面』である。まずは収録作。

「三つ姓名(なまえ)の女」
「さそり座事件」
「墓場からの死者」
「赤と黒の狂想曲」
「薔薇仮面」

 

 水谷準といえば怪奇幻想小説の印象が強いけれど、実はユーモア探偵小説や通俗スリラーなどけっこう幅広い作品を残している。入手しやすいところでは論創ミステリ叢書の『水谷準探偵小説選』や春陽文庫の『殺人狂想曲』などがあるが、作品の内容などを鑑みるとベタな通俗探偵小説とはちょっと異なる。その点、本書に収められた作品は徹底して娯楽のみを追求し、いい意味で大衆に媚びている(褒めてます)。まさに通俗探偵小説のお手本のような一冊なのである。
 最初の四作が短篇で、「薔薇仮面」のみ長篇といった構成。このジャンルにありがちなエログロ要素が少なく、全般的に都会的でスマートな作品が多いのが特徴だろう。当時のモダンな都会の風俗が描写されているのも売りの一つだったのではないか。
 すべての作品に新聞記者の相沢陽吉が登場するが、彼にしても健全なもので、新聞記者にありがちなガツガツしたところは極めて少ない。これは単なる想像だが、編集長も務めた人だけに、通俗ものとはいえ、いや通俗ものだからこそ、誰でもが手に取れるような内容を意識していたのかもしれない。

 なお、探偵小節としての過剰な期待は禁物である(笑)。
 さすがに水谷準だけあり、探偵小説としての骨格はひと通り備えているし、序盤のツカミは秀逸なものが多い。どれもそれなりに楽しくは読めるのだが、決してそれ以上のものではないのが通俗探偵小説の通俗探偵小説たる所以である。
 ただ、表題作の長篇「薔薇仮面」だけはラストで驚愕のトリック(笑)を用意していて、こういうのがあるから通俗探偵小説は止められないのだ。

 最後に一つだけ不満を書いておくと、本作にはなんと「薔薇仮面」が一切登場しない。赤いマフラーで顔を隠す人物がおり、それを指して「薔薇仮面」と称したのだろうが、「薔薇」という例えすら作中にはないのである。まあ、こういうアバウトさも込みで通俗探偵小説の魅力なのだけれど。

※興味がある方はこちらでどうぞ


 『藤雪夫探偵小説選 I』を読む。藤桂子との親娘コンビによる『獅子座』『黒水仙』で知られる著者だが、これは単独で書いた作品をまとめたもの。
 そもそも藤雪夫は1950年代に活躍した作家だ。1950年に雑誌『宝石』のコンクールで二等に入った「渦潮」でデビューする。本格を志向していたこともあり、鮎川哲也らと鎬を削ったようだが、コンテストでトップを取れなかったり版元と揉めたりなどもあってか、当時はなかなか単行本デビューが叶わなかった。そうこうしているうちに1959年には電気技師として就職。その後はそちらが多忙を極め、およそ二十五年近く創作から離れていた。ようやく現役を退いて創作を再開し、1984年に親娘コンビによる『獅子座』を発表したものの、次作『黒水仙』の執筆途中で逝去。その後、2015年になって、ついに論創ミステリ叢書から全二巻の単独著書がまとめられた。

 

「渦潮」
「指紋」
「辰砂」
「黒水仙」
「夕焼けと白いカクテル」
「アリバイ」

 収録作は以上。
 注目すべきはやはり著者のデビュー作であり、長篇『黒水仙』の原型となった作品「渦潮」だろう。もちろん設定やストーリーなど共通する部分は多く、銀行強盗殺人という発端も同様。ただし長篇『黒水仙』では後半にまったく新しい展開が発生して、むしろそちらに比重が置かれている。
 そもそも長さが違うので、要素自体が増えるのは当たり前なんだけれど、実はテイストもけっこう異なるのが面白い。「渦潮」は徹底した本格志向でアリバイトリックがメインの作品。対して長篇『黒水仙』では、プラスされた後半の真相に異常心理といった要素が加えられ、このインパクトがとにかく強かった。
 個人的には長篇に軍配を上げたいのだが、これは決して好みの問題というだけではない。というのも「渦潮」はやはりデビュー作ということもあって、とにかく余裕がないのである。改行もなく情報を詰め込んでいくし、描写も思った以上に濃い目。ラストの一章などは著者としては気合十分なのだが、当時もいろいろ批評されたようで、とにかく構成も文章もキツキツ&やりすぎの感じは否めない。
 とはいえ、この応募作こそが藤雪夫が最初に求めていた方向性であることは確かだし、トリックも含めて決してつまらない作品ではない。

 ややこしいので、もう一つの中篇「黒水仙」を次に紹介しよう。これは「渦潮」を原型とする長篇『黒水仙』とはまったくの別物。中篇「黒水仙」と共通するイメージが長篇『黒水仙』にあったのかもしれないが、さすがにこれは混乱するだけなので、長篇を同じ題にするのはやめてほしかったところだ
 それはともかくとして、内容的には藤雪夫版『幻の女』というイメージで興味深い。ただ構成や発端が酷似しているため、発表当時はいろいろ酷評されたらしい。しかしながら犯人の設定は異なるし、本家を凌ぐような面白さもあり、個人的には決して嫌いではない。ただ、かなり粗が多いことも事実で、きちんと欠点を潰していけば、かなり面白い作品になったのではないか。「渦潮」もそうだが基本的に詰め込みすぎるクセがあり、そのくせチェックが甘いんだよなぁ。何とももったいない一作。

 その他の短篇はやや低調。「指紋」、「辰砂」、「夕焼けと白いカクテル」の三短篇はそれぞれキモになるトリックや仕掛けが弱く、肝心なところで粗さが目立つ。完成度に関する線引きがやや甘い、そんな印象を受けてしまった。窯焼きなどの題材は面白いし、雰囲気は悪くないのだけれど。
 そんな中で「アリバイ」は(これもツッコミどころはあるけれど)ラストの見せ場も面白いし、なかなかの力作。

 ということで長所短所取り混ぜて、いろいろと楽しめる一冊だった。
 1950年後半には清張や仁木悦子、鮎川哲也、土屋隆夫といった面々が独自の世界を広げていった時期でもあり、著者が就職せずにミステリを描き続けていたら果たしてどのように成長し、どんな作品を残していったのか、少々気になるところではある。
 さて、なるべくなら間をおかず、『藤雪夫探偵小説選 II』にかかりたいものだ。



 アントニー・マンの『フランクを始末するには』を読む。十年ほど前に刊行されたものだが、昨年も復刊されて少し話題になった一冊。「奇妙な味」に分類される短篇集である。
 まずは収録作。

Milo and I「マイロとおれ」
Green「緑」
The Oedipus Variation「エディプス・コンプレックスの変種」
Pigs「豚」
Shopping「買いもの」
Esther Gordon Framlingham「エスター・ゴードン・フラムリンガム」
Things Are All Right, Now「万事順調(いまのところは)」
Taking Care of Frank「フランクを始末するには」
The Deal「契約」
Billy, Cutter and the Cadillac「ビリーとカッターとキャデラック」
Preston’s Move「プレストンの戦法」
Gunned Down「凶弾に倒れて」

 

 「奇妙な味」と書いたけれども、実はそのテイストは作品ごとにけっこう異なる。シュールな作品もあれば実験小説的なもの、ブラックユーモアなどさまざまだ。展開自体はヘンテコだが、終わってみれば意外に訓話的な印象のものもあったり、その逆に暗いエンディングを迎えるものもあったりと、なんとも掴みどころがない。
 語り口もクセが強い。あえてユーモラスにしたり、深刻にしたり、そういう先入観を植え付けるような雰囲気は作らず、むしろ極力テイストを排したような淡々とした描写である。それがストーリーの奇妙さを鮮明にし、その結果として読者に先を読ませず、絶妙な不安感を抱かせてくれるのだ。
 以下、作品ごとに簡単に感想を。

 「マイロとおれ」は赤ん坊と組んで捜査を行う刑事の話で、その突拍子もない設定にはなんの説明もなく、ただただ二人の活躍を描く。警察小説とりわけバディモノのパロディにも思えるが、単なるパロディとは異なる不条理さが感じられて面白い。
 「緑」は管理社会を描くディストピア的な作品だが、そのスケール感をご近所さまに限定することで、独特な味わいを持たせている。
 「エディプス・コンプレックスの変種」はチェスを題材にした作品で、父親を虐待することでチェスがメキメキ上達するという、これまたいっさい説明のない謎設定の作品。カタストロフィが待っていると思わせつつ……という捻りが絶妙。
 「豚」は、豚をペットにする大金持ち夫婦とその友人夫婦の物語。比較的わかりやすいブラックユーモアだが、これも登場人物たちのやりとりを若干不安定にすることで、似たような作品とは一線を画している感じだ。オチは予想できるが、そこに至るまでの夫婦たちの会話に味がある。
 「買いもの」は買い物リストだけで構成された実験的小説。確かに面白い試みだが、筒井康隆あたりを多く読んでいる人ならそこまでの衝撃はない。高校生などの学習テキストに良いかも。
 「エスター・ゴードン・フラムリンガム」は出版ビジネスの暗黒面を茶化した作品で、捻りは弱いが普通に面白い。
 「万事順調(いまのところは)」は純文学の味。主人公の行動や心理を考えながら読むのがおすすめ。
 表題作の「フランクを始末するには」は正統派の奇妙な味。文句なしの名優フランクを始末するよう依頼された殺し屋だが……。スラップスティックの味わいもあり、わかりやすい毒性なので広くおすすめできる。
 「契約」も面白い。最初はなんのことやらわからないが、どうやら子供を殺害され、マスコミに取材を依頼されている男の話だとわかってくる。頑としてインタビューなど受け付けようとしない男に対し、友人らが説得にあたる様を描く。主人公と友人たちの心理のずれが読みどころ。
 「ビリーとカッターとキャデラック」も正統派の奇妙な味(だから正統派ってなんだよ)。スタンリー・エリンとかロアルド・ダールが書いていそうで、後味の悪さがお見事。
 「プレストンの戦法」はチェスの絶対的攻略法を生み出した男の話。これ、短編でもいいのだけれど、長篇にしても相当面白くなったのではないか。
 「凶弾に倒れて」は、父を殺した男に復讐する少年の話。男は三年で出所し、マスコミの寵児となるが……。ラストがこの作家ならではという感じもするが、ラストまでの流れがそれを効果的にしている。

 まとめ。強力なオチで読ませる作品は少ないものの、常識の裏をいくようなストーリー全体の捻りと独特の語り口で読ませる作品集である。これはおすすめ。



 マイクル・コナリーの『警告』下巻を読了。

 今は消費者問題を中心に扱うニュースサイトで働くジャック・マカヴォイ。過去に関係を持った女性がデジタルストーカーの犠牲者となり、自らも容疑者となったことから調査を開始。するとDNAビジネスのセキュリティ問題が発掘、そればかりかデータを悪用した連続殺人犯の存在が浮かび上がる。マカヴォイは会社の仲間や元FBI捜査官だったレイチェル・ウォリングと共に調査を続けるが……。

 

 DNAビジネスといった最新の題材に、デジタル・ストーキングや情報漏洩といった現代ならではの社会問題を絡めるなど、まずは目のつけどころがよい。しかし社会問題を全面的に押し出すのではなく、最終的な問題は結局、人の闇にあるという展開に持っていくのが、いかにもコナリーらしいところだ。
 好き嫌いもあるだろうが、コナリーの小説はやはりギリギリ個の犯罪の範囲でとどめてくれた方がよい。全体を覆う程よい緊張感もそのおかげだろう。

 愛情や友情、利益と使命感の狭間で揺れ動く登場人物たちのドラマも悪くない。なんだかんだでエゴが強く、それでいてセンチメンタルなマカヴォイが最も人間的な弱さを感じるのだけれど、まあ、そういう主人公だからこそストーリーが転がる面はあるので、これもコナリーのテクニックであろう。
 だが、ボッシュのような突き抜けたところに欠けるため、いまひとつ感情移入しにくいのが惜しい。こちらも好みにはなるが、正直、本作ではレイチェルやエミリー、マイロンといった協力者の方がよほど共感できるキャラクターである。
 人物で言えば、犯人についても動機の部分などもう少し掘り下げてほしかったところだ。

 ということで全体としては面白く読めたが、さっぱりしていてちょっと食い足りないのも確か。
 コナリーの作品でなければ十分合格点だとは思うが、どうしてもハードルを上げてしまうよなぁ。



 マイクル・コナリーの『警告』をとりあえず上巻まで。ボッシュやハラーものではなく、お久しぶりのジャック・マカヴォイを主人公にした作品である。

 

 『ポエット』や『スケアクロウ』では若々しかったマカヴォイも本作では五十代。小さなネットニュース会社で記者を務めてはいるが、人間的にはさほど成長も見られず、決して順風満帆というわけではない。
 そんな彼が一夜を共にした行きずりの相手が殺害され、マカヴォイは容疑をかけられる。容疑を晴らすべく調査に乗り出したマカヴォイは、被害者がデジタル・ストーキングされていたことを突き止めるが……。

 上巻では被害者の身元調査からスタートし、そこから派生する手がかりをもとに連続殺人の可能性、そして思いがけない被害者の共通点などが徐々に明らかになってくる。新米だが腕の立つ女性記者や、元恋人であり、元FBI捜査官だったレイチェル・ウォリングも登場し、ドラマが膨らみを見せたところで下巻に続く、という感じである。
 まだ激しい動きがないので何とも言えないが、マカヴォイの弱さが気になりつつも展開自体は悪くない。下巻に期待。



 集英社文庫の「明智小五郎事件簿」が復活した。といっても既に六ヶ月以上も前のことになるので、何を今更の感しかないのだが、とりあえずめでたい。もちろん戦前編から読んでいる人はとっくにご承知だろうが、「明智小五郎事件簿」とは名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズである。戦前編で完結したと思ったら、やはりリクエストが多かったらしく、戦後編がスタートしたのだ。
 ただ、戦後編はジュヴナイルも多いということで、少年ものに関しては重要作品をセレクトするにとどまっている。未収録分に関しては戦前編でもお馴染みの平山雄一氏がコラムでフォローする形となったが、まずは喜ばしいかぎりである。

 

 本日の読了本はその戦後編の第一巻『明智小五郎事件簿 戦後編 I 「青銅の魔人」「虎の牙」「兇器」』である。
 「青銅の魔人」は戦後の明智復活の第一作ということもあり、乱歩の少年ものでは人気の高い作品だが、個人的には「青銅の魔人」というキャラクターにに対してそこまで魅力を感じられず、思い入れは少ない。ただし、小林少年が「青銅の魔人」にされてしまうという展開など、言ってみればフェチシズムの香りが濃厚で、子供の頃に読んで非常に複雑な感情を抱いたのが思い出される。
 また、チンピラ別動隊という孤児の集団の扱いなど、戦後の状況を偲ばせる描写も多く、そういう意味では単に戦後第一作という括りだけで語られるのは、ちょっともったいないのかもしれない。

 「虎の牙」はのちに『地底の魔術王』と改題された作品。二十面相扮する魔法博士と小林少年の対決がメインで、明智は病気療養中という設定。もちろん終盤は明智の活躍が見られるものの、少年向け、とりわけ戦後作品では、明智は完全に一歩引いているスタンスが多くなる。
 これは少年向けということもあるだろうが、物語そのものが既にパターン化してきていることも合わせて考えると、やはり乱歩自身のパワーダウンは否めないだろう。それでも本作などは比較的趣向を凝らしており、前半で描写される奇術ショーなどはなかなかの見せ場で、個人的には割と好きな作品である。
 なお、「青銅の魔人」、「虎の牙」と続けて読むと、二十面相の明智に対する恨みが非常にエスカレートしていて気になる。ストーリーの流れというよりは、どうしても戦争の影響を考えてしまうのだが、二十面相の人格という面から研究している人はいるのだろうか。

 「兇器」は大人向けの短篇。本筋もさることながら、数学の問題が実に印象的。実は数学の問題というよりクイズであり、この時代からこういうタイプのクイズがあったのだと驚かされる。



 『レオ・ブルース短編全集』を読む。現時点ですべてのレオ・ブルースの短編を集めたもので、元本は1992年に刊行された『Murder in Miniature: The Short Stories of Leo Bruces』。
 ところがこの本の刊行時点では短編全集だったのに、その後、過去に二短篇が新たに発見されたり、それどころか未発表原稿が十作も見つかる始末。本書の訳者であり、レオ・ブルース研究家でもある小林晋氏は。その未発表原稿の所持者と交渉し、無事に現存する全短編を入手し、こうして世界で唯一の『レオ・ブルース短編全集』ができあがった。この辺りの交渉もマニア同士ならではの面白さがあるので、詳しくは解説を参照されたい。
 それにしても母国語ですら活字になっていないブルースの作品が、こうして日本語で読めるとはなんという幸せ。海外のマニアはさぞや悔しかろう(笑)。

 

■『Murder in Miniature, The Short Stories of Leo Bruce』収録短編
Clue in the Mustard(Death in the Garden)「手がかりはからしの中」
Holiday Task「休暇中の仕事」
Murder in Miniature「棚から落ちてきた死体」
The Doctor's Wife「医師の妻」
Beef and the Spider「ビーフと蜘蛛」
Summons to Death「死への召喚状」
The Chicken and the Egg「鶏が先か卵が先か」
On the Spot「犯行現場にて」
Blunt Instrument「鈍器」
I, Said the Sparrow「それはわたし、と雀が言った」
A Piece of Paper「一枚の紙片」
A Letter of the Law「手紙」
A Glass of Sherry「一杯のシェリー酒」
The Scene of the Crime「犯行現場」
Murder in Reverse「逆向きの殺人」
Woman in the Taxi「タクシーの女」
The Nine Fifty-Five「九時五十五分」
Person or Persons「単数あるいは複数の人物」
The Wrong Moment「具合の悪い時」
A Box of Capsules「カプセルの箱」
Blind Witness「盲目の狙撃者」
Deceased Wife's Sister「亡妻の妹」
Riverside Night「湖畔の夜」
Rufus-and the Murderer「ルーファース—そして殺人犯」
The Marsh Light「沼沢地の鬼火」
A Stiff Drink「強い酒」
Into Thin Air「跡形もなく」
A Case for the Files「捜査ファイルの事件」

■死後、発掘された短篇
Beef for Christmas「ビーフのクリスマス」
The Inverbess Cape「インヴァネスのケープ」

■未発表短編
Rigor Mortis「死後硬直」
Spontaneous Murder「ありきたりな殺人」
A Smell of Gas「ガスの臭い」
Behind Bars「檻の中で」
The Devil We Know「ご存じの犯人」
Name of Beelzebub「悪魔の名前」
From Natural Causes「自然死」
Murder Story「殺人の話」
We Are Not Amused「われわれは愉快ではない」
The Door in the Library「書斎のドア」

 収録作は以上。作品数の多さからわかるように、非常に短い作品ばかりである。主に新聞や雑誌に掲載された息抜き的な作品なので、味わいやコクという点で弱くなるのは仕方ないだろう。しかし、アイデア一発で楽しませる読み物としては十分である。本書にはビーフ、ノンシリーズどちらも収録されているが、構成的に形がパターン化しやすいビーフものよりは、ノンシリーズ作品の方が面白いものが多かった印象である。
 ただ、多少なりともボリュームがあれば、ビーフものは俄然味わいが出てくる。「ビーフのクリスマス」はそういう意味でやはり面白い。ビーフの無遠慮なところが性格づけだけでなく伏線になっているのも上手いし、犯人の過ちを「わしをみくびったこと」と締めるところなどビーフの真骨頂だ。
 実は本書に収録されている作品のうち、数作は湘南探偵倶楽部版で読んだことがあるが、そのときは作品が短いこともあってビーフの性格づけが今ひとつピンと来なかったのだが、まとめて読んでようやく腑に落ちた感じである。

 なお、本書には元本の編者であるベイス氏による序文、未発表原稿の持ち主エヴァンズ氏による寄せ書きも掲載されており、これがまた興味深い。キャロラス・ディーン誕生の理由やビーフ復活の話などが語られるのも面白いし、その背景なども理解できる。ブルースの作品にはどこか屈折したところが感じられるのだが、その理由も少しだけわかった気がした。
 ともあれレオ・ブルースのファンは必読必携の一冊。



 河出書房新社の〈ふくろうの本〉から『図説 本の歴史』を読む。タイトルどおりの内容ではあるが、通史というわけではなく、各時代におけるトピックを豊富なビジュアルとともに解説するというスタイル。

 

1章/書物という仕組みは
2章/本が揺り籃から出る
3章/書物にみなぎる活気
4章/本の熟成した味わい
5章/書物はどこへゆくか

 章題は上のとおり。これだけ見ていると漠然としていてそこまで面白そうに思えないのだが(苦笑)、さらに各項のタイトルを見ると、「巻子と冊子」、「アラビア文字とコーラン」、「禁書と梵書」、「検閲—書物の権力」、「装丁の技」「イギリスの挿絵本」、「キリシタン版と駿河版」、「神田神保町」などなどが並び、俄然具体的かつ魅力的に思えてくる。各項はすべて見開き構成なので、どこからでもパラパラ眺めることができるし、本に関する雑学・蘊蓄を気軽に楽しめる一冊といえるだろう。
 もちろん自身も普段から本に接してはいるが、意識しているのはあくまでソフトウェアとしての本である。たまにはこうしてハードウェアとしての本について考えてみるのも悪くない。

 ちなみに読んだのは今年でた新装版で、元版は2011年に刊行されている。そのせいか電子書籍の隆盛や書店の衰退など、近年の本を取り巻く状況についての記事があまりないのがちょっと残念。本の歴史においても大きな変化の時代であることは間違いないので、今度は増補版としてその辺りを追加して出し直してもいいのではないか。

 こういうのを読むとより深い関連書などを読みたくなってくるものだが、個人的には二十年ほど前に買って途中で放り出したアルベルト・マングェルの『読書の歴史 あるいは読者の歴史』をきちんと読み直したくなった。


テーマ:ノンフィクション - ジャンル:本・雑誌



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